INICIAR SESIÓN報告書を読んだ瞬間、私は机に突っ伏した。「……副団長」 いや、もう違うと咄嗟に考えて言い直した。「既婚・副団長・災厄発生装置」 なぜこうなった。 問題の報告書 ■件名 一日新婚旅行(非公式・近場)報告 ■同行者 真琴 ■内容 ・アルセリア王国に隣接する湖畔の町に滞在 ・一般市民との軽度接触 ・武装集団と遭遇(戦闘なし) ・全員が自主撤退 ・特に問題なし「……どこをどう見て“特に問題なし”なんだ」 武装集団が戦闘前に泣きながら帰る時点で問題だ。「団長、追加報告です!」 「嫌な予感しかしないが聞こう」 「敵国側から報告書が届きました!」 ……報告書?「“真琴殿が穏やかに微笑んだため、部隊の士気が崩壊しました”とのことです!」 私は静かに天井を仰いだ。「……もう“殿”扱いか」 国際問題が、また一歩近づいた音がした。そのとき、当の本人が部屋に入ってきた。「団長、お忙しいところすみません」 礼儀正しい。無害。善人。なお、災厄。「新婚旅行、どうだった?」 私は慎重に聞いた。「はい! とても普通で、穏やかに過ごすことができました。これお土産です。騎士団の皆さんにもどうぞ」 普通。普通……?「湖がきれいで、人も親切でした。途中で、ちょっと緊張してる方たちに会いましたけど……」 「“ちょっと”?」 「はい。何も起きませんでしたし」 ……起きている。世界の均衡が。 後ろから、リオンが現れた。指輪が、無言で存在感を主張している。「問題はなかった」 断言するな。「君が笑ってくれたからな」 やめろ、それが一番危険だ。「真琴殿」 「はい?」 「君はな……存在そのものが、既に“事件”なんだ」 「……え?」 本気で分かっていない顔を目の当たりにして、私は頭を抱えた。「君が“普通”だと思っている、それはな――」 一拍置いてから、きちんと告げる。「国家非常事態ギリギリだ」 真琴が青ざめた。「えっ?」 遅い、遅すぎる。「副団長」 「はい」 「しばらく、新婚旅行は禁止だ」 「……なぜだ」 「世界のためだ」 リオンは不満そうに眉をひそめたが、真琴が慌てて止めた。「リオン、団長の胃を大切にしよう?」 私はその一言で、胃が救われた気がした……ほんの一瞬だけ。「次は控えめにします
――副団長リオン=ヴァルハートの記録(私的)―― これは公式記録ではない。王宮にも騎士団にも提出しない、私個人の覚え書きだ。理由は単純。提出したら、間違いなく止められる。 出発前に、真琴が心配そうな表情を浮かべて口を開く。「……リオン、本当に一日だけでいいの?」 言いながら、少し申し訳なさそうに微笑った。その表情だけで、私はすでに旅行に満足していた。「一日あれば十分だ。君が隣にいる」 「それ、新婚旅行として正解なのかな?」 正解だ。ただし問題は――世界がそれを許さないことだろう。 行き先は王都近郊・湖畔の町。距離は馬車で半日。“近場”という名目で、団長と王宮を黙らせるための選択だった。 しかし到着してすぐ、違和感があった。 ――静かすぎる。湖畔の町は本来、観光客で賑わう。しかし今日は、妙に人の動きが整いすぎていた。 真琴がキョロキョロしたあと、小さく言った。「ねぇリオン……みんな、こっち見てない?」 見ている、見ないふりで。私は即座に理解した。(……情報が漏れたな) 宿に着くと、支配人が深々と頭を下げた。「副団長殿、真琴殿……本日は“最上の部屋”をご用意しております」 「頼んでいない」 「はい。ですが“念のため”」 真琴が小声で囁く。「ね、念のためって?」 「気にするな。私がいる」 支配人の目が一瞬、安堵で潤んだ。(……なぜ安心する?) 湖の岸辺を歩いていると、明らかに“訓練された動き”の集団が距離を保って配置された。 敵ではない、護衛だ。しかも他国の。真琴がその事に気づいて、目を瞬かせる。「リオン……あの人たち、もしかして騎士?」 私は即、真琴を背後に庇った。「出てこい」 空気が割れた次の瞬間、湖畔の茂みから三人の男が姿を現す。「失礼を……!」 その場で一斉に膝をつく。「我々は隣国ヴァルグレインの者。本日は“偶然”この地を通り……」 「嘘だな、目的を言え!」 男は汗をかきながら言った。「……真琴殿に、何もしないことを誓いに来ました」 「は?」 真琴が私の背後から、困惑した声を出す。「え、えっと?」 「評価書の件で……もう我々は十分に……」 私は理解した。(“何もしない”ことを、わざわざ宣言しに来たのか) 真琴は一歩前に出て、柔らかく頭を下げた。「わざわざありがとうございます。
団長はその報告を受けた瞬間、静かに天を仰いだ。「……で?」 報告役の団員が、冷や汗をだらだら流しながら言う。「敵国・ヴァルグレインより、正式な外交文書が届きました」 「うん」 「内容が……」 団員は、そっと差し出した紙を開いた。『貴国の“真琴殿評価書”を拝読いたしました』「なぜある?」 「なぜ読めている?」 「なぜ“拝読”?」 事務室が地獄絵図になった。「経路を洗え!!」 団長の怒号に、団員たちが次々と報告する。「写しを取ったのは私です!」 「保管庫に入れたのは俺です!」 「整理中に“参考資料”としてまとめました!」 「“副団長案件フォルダ”に入れました!」 「そのフォルダ、誰でも見れるだろ!!」 「だって“国家重要”って書いてあったので……」 「重要だから隔離しろ!!」 団長、机に突っ伏す。「お前たち……宝石を市場に放置するタイプか……」 一方、敵国ヴァルグレイン。軍議室は、異様な静けさに包まれていた。「……これが……噂の……」 敵将が、震える手でページをめくる。【抜粋】 ・真琴殿が名前を呼ぶと士気が上がる ・謝罪されると罪悪感が増幅する ・副団長リオンの戦闘力が不安定化(主に激増) ・危険度は本人の自覚と反比例する「……人質にしてはいけない人物、というより……」 額の汗を拭いながら、参謀が呟く。「触れてはいけない概念では?」 「“普通にしたい”と言ったら、危険度が上がるって何だ」 「これは……兵器ではない……」 「むしろ、災厄に近い」 敵将が、あるページで完全に動きを止めた。【非公式追記】 ・真琴殿が「不安だ」と言った直後、副団長が単騎で敵を殲滅した事例あり「…………」 敵将、ゆっくり立ち上がる。「戦争は中止だ」 「将軍!」 「勝てる気がしない」 「そもそも……」 敵将は、遠い目をした。「あの人に悲しい顔をさせたら、世界が終わる」 *** 「団長、敵国が降伏を打診してきた」 王が言うと、団長は無言で机に額を打ちつけた。「理由は?」 「“真琴殿をこれ以上怖がらせないため”という理由らしい」 団長の傍に控えていた真琴が、呆けた顔をする。「……え?」 リオンがわかったような面持ちで頷いた。「……だろうな」 真琴は、完全に理解できていない。「えっと…
「……ラディス団長」 「何だね、真琴殿」 「これ……僕の、評価書……ですよね?」 真琴は、両手で分厚い書類を持ったまま固まっていた。表紙には、はっきりと書かれている。《王国重要人物・特別評価報告書》――対象者:清水真琴「見せるつもりはなかったんだが」 団長は遠い目をした。「副団長が“伴侶に隠し事はよくない”と言い出してな」 「リオン……!」 真琴は思わず書類を抱きしめてしまう。(や、やだ……絶対大げさに書かれてる……) ドキドキしながら、ページをめくる。【総合評価】危険度:極めて高い(本人に自覚なし)「……ん?」 真琴は一度閉じてから、もう一度開いた。「き、危険度?」 「読み進めていいぞ」 「よ、よくない気がします……」 それでも、真琴は続きを読んだ。【影響範囲】 ・副団長(王国最強戦力) ・騎士団全体 ・王宮上層部 ・同盟国 ・敵対国(士気低下・戦意喪失)「……え?」 真琴の喉が、こくりと鳴った。「えっ、敵対国?」 「最近は“真琴殿が来る可能性がある”だけで、撤退する例も出ている」 「!?!?!?」 真琴は、ページをめくる手が震え始めた。【特記事項】 ・対象者が穏やかな笑顔で発言した場合、周囲は“最後通告”と誤認する傾向あり ・対象者が困惑した場合、“怒りを抑えている”と誤解される ・対象者が謝罪した場合、“慈悲”と受け取られる「……」 真琴は、声が出なかった。(僕、全部……普通に……)次のページ。【副団長との関係性】 ・対象者の安全=国家戦力の安定 ・対象者の情緒変化が副団長の戦闘力に直結 ・対象者が落ち込んだ場合、周囲は緊急事態と判断すべき「……」 真琴は、そっと書類を閉じた。「……ラディス団長」 「何だ」 「僕……」 声が、かすれた。「もしかして、国を背負ってます?」 団長は、はっきりと言った。「背負っているというより、国が真琴殿を背負っている」 「ひっ……」 そこへ。「真琴」 聞き慣れた声がした。リオンが団長室に入るなり、真琴に話しかける。「評価書、見たか」 真琴は、ゆっくり振り向いた。「……リオン……」 「大丈夫だ」 リオンは迷いなく言った。「私は、全部込みで守ると決めた」 「そういう問題じゃ……!」 真琴は思わず声を上げた。
後日。アルセリア王国と小国ベルグラードの国境付近にて、合同警備の名目で行われた非公式会談。 出席者は最小限――のはずだった。問題は、副団長リオン・ヴァルハートが同行したことである。「……あの」 ベルグラード側の使節が、恐るおそる口を開いた。「貴国の副団長殿は……その……」 視線がリオンの左手 → 指輪 → 胸元 → 無表情と、明らかに怯えた軌道を描く。「何か?」 リオンはいつも通り、落ち着いた声で返しただけ。それだけで、相手が一歩下がった。「い、いえ!! その……既婚と伺いまして……」 「事実です」 即答しただけで、なぜか周囲の空気が一段階冷えた。「……伴侶を、溺愛されているとか……」 「当然です」 ワケのわからない質問に、リオンは不思議そうに眉を寄せる。「それが何か?」 ベルグラード使節団の中で、誰かが喉を鳴らした。彼らが恐れていたのは、剣でも戦術でもない。「(聞いたか……? 副団長殿は、伴侶の名を出しただけで敵将を折ったと……)」 「(あの“ショコラ職人”が? あの人を怒らせたら終わりだという噂……)」 「(しかも既婚……守るものがある騎士は、最も危険だ……)」 完全な誤解である。だが誤解は噂を呼び、噂は恐怖を育てる。「……副団長殿」 使節の代表が、意を決したように言った。「今回の国境問題ですが……我が国としては、全面的に譲歩する用意が……」 「?」 リオンは一瞬、思考が追いつかなかった。「なぜです?」 「え?」 「こちらは、対等な協議を――」 「い、いえ!! その……ご伴侶に、万一のことがあっては……!!」 「?」 完全に意味がわからない。だが次の瞬間。「……もし、副団長殿が“伴侶を悲しませた国を許さない”と判断されたら……」 その場の全員が、同時に背筋を伸ばした。リオンは、ゆっくりと瞬きをする。「……伴侶は、私が悲しませない」 静かで、揺るぎない声。それが――とどめだった。「降伏条件を文書にまとめます!!」 「早く!! 署名を!!」 「副団長殿のご機嫌を損ねるな!!」 「だから何の話だ?」 数刻後。アルセリア側の記録官が、差し入れを持参した真琴に小声で囁いた。「……副団長の“既婚者オーラ”が、また一国を折りました」 「えっ」 「剣、抜いてません」 「えっ」 「名前も出
――結婚式当日、王都は朝からざわついていた。理由はひとつ。「副団長が、結婚するらしいぞ」 「“らしい”じゃない、“する”だ」 「しかも団長が仕切ってる」 「……あの人が?」 騎士団本部の空気は、戦前よりも張り詰めまくった状態だった。「よし! 配置確認! 装飾班、花は左右対称だと言っただろう!」 「団長、ここは祭壇ではなく大聖堂です!」 「知っている! だからこそ完璧にする!」 団長はなぜか正礼装と指示書を三冊抱え、完全に自分の結婚式のテンションで走り回っていた。 誰も止めない。止められない。なぜなら――。「……団長、張り切りすぎでは」 「副団長の人生最大案件だぞ? 手を抜く理由があるか?」 その背後で、騎士団員たちは一斉に頷いた。*** 祭壇の前。白い装飾に包まれた大聖堂で、真琴は少しだけ緊張していた。けれど――。「真琴」 リオンに名前を呼ばれた瞬間、その緊張は全部が綺麗に溶けた。 白銀の甲冑を礼装用に仕立て直したリオンが、まっすぐ真琴を見ている。いつもの鋭さは影を潜め、代わりに浮かぶのは、どうしようもなく優しい眼差しだった。 リオンの手が、迷うことなく真琴の腰に添えられる。そして彼の耳元で、低く囁いた。「逃げないでくれ。今日は」 「逃げないよ。伴侶を置いてどこに行くの」 その一言で、リオンは完全に落ちた。腰に回る手の力が、ほんの少しだけ強くなる。 ***「では誓いを――」 司式を務める神官の声が響く。リオンは、迷いなく真琴の前に跪いた。王国騎士団最強と謳われる男が、ただ一人の前でだけこうして膝を折る。「……この人を生涯の伴侶とし、命を賭して守ることを誓います」 ざわ、と騎士団が揺れた。「“命を賭して”は誓約文に含まれていないぞ!」 「副団長仕様だ」 「むしろ、まだ控えめだろ」 真琴は小さく笑って、リオンの手を取る。「僕も誓うよ。君の隣で生きるって」 その瞬間、指輪がはめられ、方々から白い花びらが舞い、ラディス団長が誰よりも大きく拍手した。「よし! 誓いのキスだ!!」 「団長、声がでかい!」 リオンは一切気にせず、真琴の頬に手を添え――誓いのキスを丁寧に落とした。*** 式のあとは、騎士団総出の祝宴。「副団長、おめでとうございます!」 「既婚者です!!」 「副団長、料理を――」
前回の“威厳溶け事件”以来、なぜか団員たちに会うとやけに優しくされる。「真琴殿、お茶をどうぞ!」「副団長の恋人さん、今日もかわいい!」 リオンの立場を考えて表面上、恋人ではないと否定すると、団員たちが「はいはい照れない照れない」と笑う。(これ……リオンが恥ずかしがるパターンだ……) 案の定、朝の本部ホールで再会したリオンは無表情を極めていた。(――絶対、平静を装ってるやつだ!)「真琴、今日は何をしに?」「資料の返却!」「そうか。助かる」 抑揚のない淡々とした声。普段の冷静さを、明らかに“盛っている”。(きっとバレてるよ、リオン……) そこへ団員が通りかかり、「副団
翌朝、僕は少し困っていた。理由は一つ。目の前のリオンが、まったく正常に戻らない。「……真琴、今日の予定は?」 「えっと、午前は工房で仕込みして、午後は――」 「午後は私が付き添う」 「え、なんで?」 「……君を、一人にしたくない」 朝からこれである。声は落ち着いているのに、視線は僕に吸い寄せられて離れないし、距離感は半歩近すぎるし、紅茶を渡す際に指が触れた瞬間、肩がビクッてなるし。 完全に、昨日の“甘えモード”を引きずっている。(やばい……かわいすぎて仕事にならない……)「ねぇリオン、その……大丈夫?」 「何がだ?」 「昨日、色々あったから疲れてるのかと思って」 す
家へ戻る道すがら、リオンはずっと無言だった。握られた僕の手は温かいのに、歩幅は妙に大きくて、どこかぎこちない。(怒ってる……よねやっぱり) 市場で、商人さんと楽しそうに話していたこと。たぶん、それが引き金になった。でも、そんなつもりなんて全然なくて。ただ珍しい香草を見せてもらって、ちょっと嬉しかっただけなのに。(リオン、あんな顔するんだ……) 胸がきゅっとする。怖かったわけじゃない。ただ――あのときの横顔が切なくて、苦しくて。 家に着くと、リオンは無言のまま扉を閉めた。重い音が部屋に落ちて、僕は思わず肩をすくめる。「……真琴」 「っ、はい!」 やっと聞こえた声は、低くて湿っ
その日は、街の中心で開かれている小さな市に、ひとりで買い物に来ていた。 リオンは仕事で王城に詰めているし、今日くらいは自分で食材を選んで、何か彼の好きな料理でも作ってあげよう――なんて考えていた矢先。「……あれ? 真琴さんじゃないですか!」 声をかけてきたのは、以前に香辛料を分けてくれた青年商人だった。年も近く、笑顔が明るい。 彼は袋いっぱいの香草を抱えながら、気さくに話しかけてきた。「今日も料理ですか? あ、よかったら新しく仕入れた香草と珍しい野菜、試してみません?」 「えっ、いいんですか? でもその……タダでいただくのは」 「いえいえ! 真琴さんには、前にも助けてもらいま